
電気とは
電荷の移動や相互作用によって発生するさまざまな物理現象です。それには、雷、静電気といった現象や、電磁場や電磁誘導といったあまりなじみのないものも含まれます。電気に関する現象は古くから研究されてきましたが、科学としての進歩が見られるのは17世紀および18世紀になってから。ですが電気を実用化できたのはさらに後のことで、産業や日常生活で使われるようになったのは19世紀後半だったようです。その後急速な電気テクノロジーの発展により、産業や社会が大きく変化することになりました。電気のエネルギー源としての並外れた多才さにより、交通機関の動力源、空気調和、照明、などの用途が生まれました。
電気を表す英単語[electricity]はギリシア語の【ηλεκτρον/琥珀】に由来します。古代ギリシア人が琥珀をこする事により静電気が発生する事を発見した故事によるもの。一方、漢語の「電気」の「電」は雷の別名で、「電気」というのは「雷の素」といった意味になるそうです。

古代における電気
電気について知識がなかったころにも、電気を発生させる魚類の電気ショックに気づいていた人々がいたそうです。紀元前2750年ごろの古代エジプトの文献にそういった魚を「ナイル川の雷神」とする記述があり、全ての魚の守護神だと記しています。「雷神」のような魚類についての記述は、古代ギリシア、古代ローマ、イスラムの学者らの文献にもあります。大プリニウスやスクリボニウス・ラルグスといった古代の著作家は、デンキナマズやシビレエイによる感電の例をいくつか記しており、それらの電気ショックが導体を伝わることを知っていました。痛風や頭痛などの患者を電気を発する魚に触れさせるという治療が行われたこともあるようです。古代の地中海周辺地域では、琥珀の棒を猫の毛皮でこすると羽根のような軽い物を引き付けるという性質が知られていました。紀元前600年ごろミレトスのタレスは一連の静電気についての記述を残していますが、彼は琥珀をこすって生じる力は磁力だと信じていて、磁鉄鉱のような鉱物がこすらなくても発揮する力と同じものだと考えていたようです。古代ギリシア人は、琥珀のボタンが髪の毛のような小さい物を引きつけることや、十分に長い間琥珀をこすれば火花をとばせることも知っていました。イラクで1936年に発見された、紀元前250年頃のものとされる、バグダッド電池なるものはガルバニ電池に似ています。
近世における電気
イタリアの物理学者カルダーノは、『De Subtilitate』のなかで、電気による力と磁力とを初めて区別しました。1600年にイギリスの科学者ウィリアム・ギルバートは、『De Magnete』のなかでカルダーノの業績について詳細に述べ、ラテン語単語electricusを作り出しました。ギルバートに続いて、1660年にゲーリケは静電発電機を発明しました。ロバート・ボイルは1675年に、電気による牽引と反発は真空中で作用し得ると述べ、スティーヴン・グレイは1729年に、物質を導体と絶縁体とに分類しました。デュ・フェは、のちに [positive][negative]と称ばれることになる電気の2つの型を最初に同定しました。大量の電気エネルギーの蓄電器の一種であるライデン瓶は、1745年ライデン大学で、ミュッセンブルークによって発明されました。ワトソンはライデン瓶で実験し、1747年に静電気の放電は電流に等しいことを発見しました。日本では、平賀源内が18世紀半ばにエレキテルを発達させました。
近代における電気
1773年、ヘンリー・キャヴェンディッシュは荷電粒子間に働く力が電荷の積に比例し、距離の2乗に反比例することを実験で確認します。後にシャルル・ド・クーロンがクーロンの法則として定式化しました。1791年、ルイージ・ガルヴァーニは生体電気の発見を発表。神経細胞から筋肉に信号を伝える媒体が電気であることを示しました。1800年、アレッサンドロ・ボルタは亜鉛と銅を交互に重ねたボルタの電堆を発明します。それは、それまでの静電発電機よりも安定的に動作する電源となりました。1820年にハンス・クリスティアン・エルステッドが電磁気学の基礎となる電流による磁気作用を発見。アンドレ=マリ・アンペールは現象を再現してさらに詳細な研究を行いました。1820年、ジャン=バティスト・ビオとフェリックス・サバールは電流とその周囲に形成される磁場の関係を定式化。1821年、マイケル・ファラデーはその現象を応用した電動機を発明します。1830年、ファラデーとジョセフ・ヘンリーが電磁誘導現象を発見し、電気と磁気(と光)の関係を定式化したのはジェームズ・クラーク・マクスウェルで、1861年~1862年の論文[On Physical Lines of Force]で発表しました。
ゲオルク・オームは1827年、オームの法則を含む電気回路の数学的解析を発表します。1845年、グスタフ・キルヒホフはキルヒホッフの法則を発見。これらの成果を基にヘルマン・フォン・ヘルムホルツ、シャルル・テブナン、鳳秀太郎が電気回路に関する電圧、電流、電源の考え方を確立しました。このように19世紀前半に電気の研究は大いに進展しましたが、19世紀後半には電気工学が急速に発展することになります。ニコラ・テスラは交流を応用した電気機器を発明し、後の電気の発電、送配電に大きな影響を与えました。ジョージ・ウェスティングハウスはテスラの交流電動機の権利を取得し、交流発電・送電システムの確立に寄与します。トーマス・エジソンは蓄音機、電球などを発明し、イェドリク・アーニョシュはダイナモの原理を確立。アレクサンダー・グラハム・ベルは電話を発明し、ヴェルナー・フォン・ジーメンスも電気産業の発展に貢献しました。

電気は不思議な魔法の力
19世紀から20世紀初めにかけて、産業が発達していた西洋においても一般大衆にとって電気は日常生活の一部ではありませんでした。当時の大衆文化では電気を不思議な魔法のような力として描くことが多かったようです。生きものを殺したり、死者を蘇らせたり、自然の法則に反する力を発揮するものとして描かれていました。1771年、ルイージ・ガルヴァーニが動物電気を応用して死んだカエルの脚をけいれんさせる実験を行ったことに端を発しているようです。そして、明らかに死んだ人間が電気の刺激で息を吹き返したという話がガルヴァーニの研究のすぐ後に医学誌に報告され、電気を使った怪物の復活は後のホラー映画の定番となったそうです。その後、電気が大衆にもなじみのあるものになっていくと、肯定的に捉えられることが多くなっていきました。ラドヤード・キップリングは1907年の[Sons of Martha]で、電気に関わる技師について “finger death at their gloves’ end as they piece and repiece the living wires”(手袋の端で死に触れ、生きたワイヤーを繕う)と記しています。トーマス・エジソン、チャールズ・スタインメッツ、ニコラ・テスラといった科学者も含めて、実在か架空かを問わず電気に精通した人は一般に大衆からは魔法使いのような力を持っているとみなされていました。